生成AIは過去のどのテクノロジーとも異なっています。瞬く間にビジネスと社会を揺るがす存在になりつつあり、リーダーはこれまでの想定や計画、戦略の見直しを迫られています。
こうした変化にCEOが対処するための一助として、IBM Institute for Business Valueは生成AIの調査に基づくガイドをシリーズ化し、12のテーマごとに公表しています。内容はデータ・セキュリティーからテクノロジー投資戦略、顧客体験にまで及びます。今回は第五弾として「プラットフォーム、データ、そしてガバナンス」をお届けします。
Netflix社からNvidia社に至るまで、今日、トップクラスの業績を誇る企業は、プラットフォーム・ベースです。デジタル・プラットフォーム上に構築されたビジネスモデルは、ユーザーとさまざまなプレーヤーをつなぐことで、より大きな価値を生み出しています。つまり、プラットフォームは単に製品を売るのではなく、市場そのものの場、仲介役の役割を果たしています。
プラットフォーム・ベースのビジネスの最初の波は、サービスを顧客に提供する、そのかつてない素早さと効果の高さによって、全産業を席巻しました。既存企業のほとんどは、いまだに対応できていません。それは株価においても一目瞭然であり、デジタル・ネイティブ企業と従来型企業との間には大きな差があります。
生成AIは、この差を埋めるチャンスです。生成AIにおいては競争条件はみな同じです。生成AIは、あらゆるフロントラインにおいて、より少ない労力でより多くのことをこなせるようになるでしょう。しかし、生産性の向上は始まりにすぎません。真の価値は、ビジネスモデル自体を変革することによってもたらされるのです。
この新しい市場環境で企業が勝ち抜くためには、ビジネス・プラットフォームとテクノロジー・プラットフォームにおいて、単に利用する消費者(コンシューマー)にではなく、自ら作る構築者(クリエーター)にならなければなりません。
ビジネス・プラットフォームはエコシステム全体にわたって参加者相互のやりとりを活発化させます。一方、テクノロジー・プラットフォームはビジネスで利用するアプリケーションの開発と管理を行うためのフレームワークを提供しています。ですが、これからのビジネスモデルは、この2つのプラットフォームが切り離せないほどに密接に統合されたものになるでしょう。例えば、生成AIのプラットフォームは、ビジネス・プラットフォームでありながら、プラットフォーム・ベースのビジネスを行う上で必要なテクニカルサポートを受けることができます。
このようなビジネスモデルのイノベーションで鍵を握るのが、最新のITアーキテクチャーであるとともに、信頼できるAIの原則です。また、生成AIの機能とビジネス・プラットフォームの両方が、従来の企業の枠を超えて蓄積される膨大なデータへのアクセスを必要としています。もはや、プラットフォーム・エコノミーにおいては、オープン・エコシステムは選択肢ではなく必須の要件なのです。
こうして、従来はIT部門のメンバーだけで話されていたAIとデータ・ガバナンスが、経営層の話題の中心に上るようになりました。これからの企業が競争力を獲得するためには、煩雑で硬直化した意思決定プロセスからの脱却が求められます。また同時に、戦略的にAI倫理に取り組み、プラットフォームの透明性、信頼性、公平性を確保しなければなりません。
IBVが考える、すべてのリーダーが知っておくべき3つのこと:
そして、すべてのリーダーが今すぐ実行すべき3つのこと:
生成AIはプラットフォームを再構築する可能性を開きます
今やプラットフォームは、世界でトップクラスの資産価値を誇る企業にとって、中核をなすものです。こうした企業の成功を再現することは容易ではありませんが、生成AIを活用すれば、企業はビジネスモデルにおいてイノベーションの新たな波を起こすことができるでしょう。実際に経営層は、プラットフォームへの投資によって、2023年には2020年比で57%高いリターンを得られると見込んでいます。また、2022年にプラットフォーム・ビジネスモデルに参加する計画があると回答した企業は、94%にまで増加しました(2018年にはわずか46%)。
成功するプラットフォームは、適切なデータ、モデル・アーキテクチャー、ガバナンス、コンピューティング・インフラを統合することで、エコシステム全体において信頼性の高い価値の創造を可能にし、「誰でも、どこでも(anyone, anywhere)」を実現しています。しかし、Harvard Business Reviewによると、過去20年間においてプラットフォームで成功を実現した企業の割合は、わずか17%にすぎませんでした。
生成AIは、そうしたプラットフォームを成功に導くパズルの最後のピースとなるかもしれません。生成AIは、組織のあらゆる部門において変革を起こすことで、プラットフォームが持つ強大な力を組織全体に注ぎ込みます。実際、経営層は生成AIに対して、販売(57%)、研究やイノベーション(55%)、製品開発(40%)、カスタマー・サービス(37%)の部門において最も高い効果を期待しています。
リーダーが実行すべきこと1ー 「プラットフォーム+生成AI」
プラットフォームを「破壊的」に再構築する機会を逃さないようにしましょう
プラットフォーム・ビジネスを構想した当初欠けていた、“パズルのピース(必要な要素)”をすべて取り込みましょう。
- スタートアップ企業のように迅速に行動します。現状に継ぎ足ししていくようなやり方や避けましょう。3年以内に生成AIプラットフォーム・ビジネスを、自社における最大にして、最も成長著しく、最高の収益性を上げられるビジネス・ユニットにするよう設計しましょう。
- 成果重視で設計し、突発的な変化にも対応します。ユーザーとのすべての接点においてプラットフォーム参加者がリアルな価値を享受できるようプラットフォームを構築します。データ量の増大に合わせてパフォーマンスを恒常的に評価し、改善を繰り返す仕組みを構築しましょう。
- 投資する前にテストします。大規模な投資を決断する前に、プラットフォームが依拠する生成AI機能を検証しましょう。すでに実施している自社の顧客向けのAIからの教訓を活かしましょう。
データの活用には大きな挑戦が伴いますが、同時に競争優位性をもたらします
データは新しい石油のようなものです。広大で、高価で、抽出には困難が伴います。もし汚染されれば、エコシステム全体に影響が及びます。しかし、責任を持って活用すれば、その価値は金鉱山ほどに生まれ変わります。
生成AIの登場によりデータの価値はこれまで以上に高くなりました。企業は競合他社よりも、少しでも早くそのデータの可能性を引き出そうと競っています。実際に、豊富なデータを持つ企業ほど、優位に立つ傾向があります。品質の高いデータを大量に保有し、データを効果的に収益化している企業で、社内外のステークホルダーから自社データは信頼されていると回答した企業は、AI機能のROI(Return On Investment)が他の企業と比較して2倍近くもありました(他の企業のROI平均値が4.8%であったのに対し、当該企業は9%)。
ただし、独力だけでデータを獲得しようとしても、十分な量は簡単には得られません。実際に、「所有するデータの少なさが、生成AIイニシアチブの成功を妨げている」と回答したCEOは53%もいました。プラットフォームを基盤とするビジネスモデルは、顧客をはじめとする、すべてのエコシステム参加者から独自のデータを調達できるため、この問題の解決に役立ちます。
さらに生成AIのプラットフォームを構築すれば、データの準備から、モデルのトレーニングとチューニング、アプリケーションの開発と展開といった開発のサイクルを統合できるため、ビジネスモデルを一気に革新させることが可能になります。このアプローチはフライホイール効果(ある活動や取り組みが一度動き始めると、その運動を続けるのが比較的容易になり、その運動が増幅されていく現象のこと)をもたらします。プラットフォーム上のデータが増えれば、多くの価値を顧客に提供できるようになり、顧客が増え、さらにデータが増加し、結果として、生成AIモデルのトレーニングにつながるからです。また同時に、パートナーシップの価値が全体的に高まります。生成AIの導入に際して、イノベーションの観点から最も期待されるメリットとして、経営層はエコシステム・コラボレーションの拡大を挙げています。
しかし、エコシステム全体で価値の流れを構築するためには、基本的なインフラを整えなくてはなりません。そのためには、データストア、デジタルプロダクト、自動化ワークフローを統合するとともに、オープンなプラットフォームに求められる相互運用性が必要です。IBVの『2023 Chief Data Officer Study』によると、パフォーマンスも、相互運用性も最も高かったデータ運用では、セクショナリズムを破壊するプラクティスとテクノロジーが採用されていました。具体的にはハイブリッドクラウドの利用(78%)、プロセスやタスクのマイニングの実施(70%)、データファブリック・アーキテクチャーの利用(68%)が挙げられます。
生成AIを活用してデータを収集しましょう
プラットフォームが必要とするデータを、あらゆるところから集めましょう。データレイク、データマイニング、データウェアハウス、コンテンツ管理システム、さらにはノートパソコンのハード・ドライブさえも、その対象になります。
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必要なデータセットを定義しましょう。顧客体験から逆算し、次のことを検討します。顧客やエコシステム参加者を引きつけるために、生成AIプラットフォームは何を提供するべきでしょうか。そのような価値提案を生成AIから引き出すためには、どのようなデータが必要でしょうか。
- あらゆるデータ・ソースを探索しましょう。構造化されていないデータも、徹底的に掘り起こしてください。このようなデータマイニング能力の開発を競争優位性を持つ域にまで高めることで、自社のプラットフォームが提供する価値を競合他社のものと差別化します。
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エコシステムに助けを求めましょう。データを探索する範囲を拡大し、自社の顧客や潜在的なエコシステム参加者だけでなく、さらにその潜在的なエコシステムの顧客にまで範囲を広げてください。プラットフォームのネットワーク効果を増幅するには、このように広範なデータ・ストリームを活用することが必要です。
AIとデータに対するガバナンスは取締役会レベルの重要事項です
生成AIを信頼してもよいのでしょうか。この疑問は、企業がこの革新的な技術をどこでどのように活用すべきかを議論するとき、必ず核心となるテーマです。今日の世界では、複数のソースから膨大なデータ量(およそ1ゼタバイト、10の21乗ほどのバイト数)が生成AIの学習に使用されているため、データとそのガバナンスを理解することが、かつてないほど重要になっています。
ほとんどのCEOは、このことを理解しているようで、生成AIを導入するときの障壁として、データ・リネージュ(データ履歴の可視化)とプロヴェナンス(来歴)に関する懸念(61%)とデータ・セキュリティー(57%)を挙げています。一方、データ・プライバシーが障壁となっていると答えたCEOは45%でした。
こうした環境下では、AIとデータ・ガバナンスは単なるIT部門の問題ではなく、価値創造のための戦略として扱われるべきです。企業がAIを使って何をできるかは、企業全体においてデータをいかに選択・管理・分析・適用するかによって、ほぼ決まるからです。そして信頼は、そのプロセスを高い透明性をもって共有することによって、築かれるのです。
AIのROIが平均の2倍(13%対5.9%)に上る業界トップの企業は、AIの実験と、実務レベルへのスケーリング(大規模化)のバランスを取るためにインフラやプロセスを評価しています。またデータ・チームは、人びとが企業やエコシステムのデータにアクセスし、理解し、信頼を抱けるように、データのガバナンス、マネージメント、倫理、リテラシーなどのフレームワークを見直しています。
AIやデータ・ガバナンスの議題を経営層にまで引き上げた企業は、プラットフォームの活用の前に立ちふさがる障壁を克服し、従業員、エコシステム・パートナー、および顧客から信頼を獲得できる可能性があります。
ガバナンスを生成AIのライフサイクルの中核に据えましょう
ガバナンスを経営層チームのアジェンダとして定着させましょう。生成AIの持つパワーと、それを信頼できる形で実行するために必要なルールやガイドラインとの間でバランスを取ることが必要です。
- ガバナンスに精通した役員レベルのチームを作りましょう。まず経営層レベルのチームと取締役会のメンバーを教育する必要があります。その上で、AIとデータ・ガバナンスを定例の議題として取締役会で取り上げ、常に必要な注意を払うようにしましょう。他人任せにして放置することなく、ご自身が積極的なリーダーシップをもって対処することが必要です。
- 断片的にではなく、システム全体としてガバナンスを実施しましょう。AIライフサイクルの各段階でガバナンスを行ってください。組織間の障壁を越えて、AIとデータ・ガバナンスを設計および実行しましょう。エンド・ツー・エンドのシステムが必要です。
- 責任者を任命しましょう。経営層の人材を、組織全体のAIとデータ・ガバナンスの責任者に任命し、権限を与えましょう。オーナーシップと説明責任が組織の壁により分断されることによって生じる失敗のリスクを、積極的に軽減してください。