2030年、朝の通勤風景
ある晴れた火曜日の朝。高橋ハナは仕事に向かう準備をし、玄関を出る。ハナは日本の大手自動車メーカーに勤める自動車デジタル・エクスペリエンス・エンジニアである。
日曜日の夜に注文しておいたクルマ-ここでは「ACES」(Autonomous(自律)、Connected(つながる)、Electrified(電化)、Shared(共有))と呼ぶことにしよう-が家の前に到着していたので、ハナは乗り込んだ。ACESは、バイオメトリック情報に基づいてハナを「認識」する。そしてデジタル・モビリティー・プロファイルと情報をダウンロードし、通勤中のハナに対してパーソナルな体験を提供する。
ACESはハナの自宅をチェックしてテレビやその他家電製品の電源がついたままになっていないかを確認する。また、ハナのバイタル・サインを素早く読み取り、フィットネス・アプリと連携し、「先週のエクササイズ目標を達成できていないようです。最後の1キロは歩きますか?」と提案する。
金曜日はハナの両親の結婚記念日だが、ハナはまだプレゼントを買っていなかった。劇場の前を通り過ぎたとき、両親が開催予定のコンサートに行きたがっていたのを思い出した。そこでハナはACESのコンシェルジュ・サービスに、金曜日の夜の空席情報を確認し、もし空きがある場合は特等席のチケットを2 枚購入するよう依頼する。ACESはチケットを購入し、両親の劇場までの送迎用にクルマを手配する。
次にハナは、クリーニングの受け取り、食料品の調達、子どものお迎えなど、今日中に済ませなければならない用事のチェックをACESに命じる。その時ふと彼女は、さまざまな用事への移動を最適化し、ニーズに合わせてクルマを手配するACES向けAIアプリを自分のチームで作成できないかと思いつく。
ハナは早速、自分自身とアジャイル・チームのスケジュールを確認して、アプリのシナリオについて検討するデザイン思考ワークショップを設定するようACESに命じる。
ACESは目的地の近くまで来ると、「残り1キロは歩いてどうぞ」と彼女を降ろす。そして、新しく学習したことや彼女のお気に入りの項目をハナのモビリティー・プロファイルに保存し、「よい一日を」と伝える。ACESはハナの情報をメモリー上から消去し、次のお客様を迎えに行くために出発する。
まさか、いくら何でもこんなことはあり得ないと思うかもしれない。だがデジタル技術の進化によって、2030年までに、より多くのクルマの機能やモビリティー・サービスが利用可能になるだろう。
次のような2030年の自動車業界に関する予測が出ており、今回の調査で得た経営層の意見とは大筋一致していた。
- 自律走行車やAIを搭載したクルマの販売台数は、2040年に400万台に達し、総販売台数の33%を占める。
- 世界のMaaS(Mobility-as-a-Service)市場は、2050年までに9.9兆円(900億ドル)に達する。
- クルマにおけるイノベーションの90%をソフトウェアが占め、コードの行数は現在の100倍になる。
- 世界中のクルマの走行距離の26%が、カーシェアリングによるものになる。.
技術の進歩と消費者の期待が、今後10年間の変革を後押しする要因となりそうだ(図1 参照)。持続可能性の観点から電気自動車が推奨され、新たなスキル需要が労働力不足を引き起こす。シェアリング・エコノミーの成長に伴い、パーソナル・モビリティーはさらに大きな影響力を持つ。同時に業界外との競争が激しくなり、新たな価値が生まれ、従来型自動車産業を追い立てる。
このような未来がすぐに実現するかどうかにかかわらず、確実なことが2つある。第一に、デジタル技術により、顧客との新しいシームレスな接点ができるだろう。デジタル技術で得られた洞察から、個々のニーズに沿ったサービスが提供され、クルマと個人の生活がさまざまな側面から支えられるようになる。第二に、消費者はクルマでのデジタル体験が、他のスマート・デバイスと同等かそれ以上になると期待するだろう。
著者について
Ben Stanley, Automotive Research Leader, IBM Institute for Business ValueNoriko Suzuki, Global Research Lead, Automotive, Electronics, and Energy Industries, IBM Institute for Business Value
Hideo Yoshimura, Automotive services business lead, IBM Japan
発行日 2021年6月1日